プロを育てた母なる湖 ~ プロアングラー 今江克隆
今から27年前、中学一年の時に初めて東条湖を訪れた。
まだバスという魚を実際に見たこともなく、友人に連れられての初めてのバス釣りだった。この時、結果的には当時、中学生の自分にとっては清水の舞台から飛び降りる気で購入した ホッテントットで生まれて初めてのバスを手にすることになる。サイズは28cmほどだったと思う。
正直言って雷魚釣りにはまっていたこともあって、その印象は劇的でも感動的でもなく、これが本当にバスって言う魚なの??といった呆気ない出会いだった。しかしなぜ、その私が今に至るまでバス釣りを続け、人生の全てといっても良い時間をともに過ごしてきたのか、その理由はもっと別の部分にある。
私がバスフィッシングにのめり込んだ理由、今では少し考えにくいかもしれないが、27年前、初めて目の当たりにした東条湖は、ショックを受けるほど広大に見え、そして美しかった。うっそうとした緑の中にたたずむ、エメラルドグリーンの水。手こぎボートを漕ぎ出すと、水をかく渦の中ですら、オールの先端が透けて見えるほどの透明度。本湖を抜け、切り立った渓谷のような上流部に差しかかると、それは今までの日常では絶対に味わうことの無かった新鮮な感動がこみ上げてきた。
ボートを漕ぐたびに、コーナーを曲がるたびに見えてくる見たこともないような景色。あの岬を曲がった向こうにはどんな景色があるのだろうという好奇心が、バス釣り以上に私を虜にしていった。その想いは五カ所渓の小島を目の当たりにし、鷲の巣窟にさしかかったとき 絶頂に達した。こんな日常目にすることのない絶景の中で釣りができる、この自然の変化に対する感動にこそ私のバス釣りの原点があるのだ。
その後、私はハイウエイバスを乗り継ぎ、時には一人でも東条湖へと通うことになる。
2003年、再び東条湖に戻ってきたとき、私の目に東条湖は年老いた母のように映った。「こんなに小さかったっけ・・・」自分が大人になったのか、それとも時の流れは全ての存在を老いさせていくのか・・・。少し寂しい気がしたが、それでもまだ私がバス釣りの歴史を歩み 始めた東条湖が今も健在で目の前にあることに安堵した。そして東条湖は厳しくも優しく、帰ってきた私を迎えてくれた。
私も東条湖も、あの若かりし時代には帰ることはできない。しかし、あの美しさと感動をもう一度多くの少年達に伝えたい。それが東条湖に育ててもらった自分の、母なる東条湖への恩返しになると信じて頑張っていきたい。